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4月のつぶやき(その2) [ツイート]

4月のツイートまとめ後半分。こうやって数カ月後に読み返してみると、すっかり忘れてる話題もあったりするわけで、「ココロヲ・動かす・映画館○」ってどうなったんだろうね。あと、果たして『アマルコルド』はソフト化されるのか、とかとか。

4/16
> 「ココロヲ・動かす・映画館○」ってネーミングは、「シェフの気まぐれサラダ」と同じ箱に入っている。
> 飲んでるときはそんなに食わないのに、家に帰ると蕎麦とか食いたくなるのは、どういう仕組みなのか?

4/17
> ↓昨日、『ムーンライト』について話してて、この金歯が話題になってた。俺も着脱式という発想がなかったので、びっくりした。へー、そーゆー仕組みになってんのかと。まるで鎧を脱ぐように、金歯を外すんだよね。
> 菅田将暉と葦原将軍の違いについて述べよ。
> 昨日は、「『漂流教室』と『デビルマン』は子供のうちに読ませるべき」という言葉をいただきました。教育勅語や銃剣道より、ずっといいと思うよ。
> 2日続けて、酒の席で楳図愛を披露してしまった。まあ、買ったばかりのわたしは真悟Tを着ていい気になってるわけで、そーゆー人なんだと思ってくだされ。
> 「僕は、ロック・フィーリングっていうものが大好きっていうか、なくてはならないものなんですよ」。福間さん、エルビスからエミネムまで聴くんだとか。→福間健二さんと、『ビリー・ザ・キッド全仕事』について、語る。 https://mayucok.wordpress.com/2017/04/16/w_fukuma/ @ebimayuさんから
> 「実体験で学んだことはいくつもある。例えば、子供が無条件で好きなのはオナラよりも「風船」。目の前に風船があるだけで子供たちのテンションが上がる」→海パン一丁の一発屋から子供たちのヒーローに。小島よしおの逆転劇 https://news.yahoo.co.jp/feature/578 #Yahooニュース
> 春の嵐で揺れてるような気がしただけだと思ったら、やっぱ地震だったのか。

4/18
> 昨日の句会、俺は「春の句を」なんて考えてたんだけど、「夏近し」「夏隣」って季語を使ってた人がいて、ああもう「夏」って言葉を使ってもいいのか、と思った。今日の暑さとか、まさに「夏隣」だよなー。
> 半袖短パンのおじさんと革ジャンにブーツの若者が、並んで歩いている。
> 一覧化、図表化するのって、大事。問題の整理、振り返り、などなど。その意味で、東京新聞はいい仕事をしていると思う。

4/19
> 学芸員はなんとか発言も、朝鮮人虐殺のHP削除も、やっぱり根っこに知の軽視を感じるな。いや、ここ数年、ずっとこーゆーことが続いてるわけだが。
> ↓俺は、世間知も失われている気がしてるんだよな。以前は、「口ばっかりのはったり野郎」とか「いざというときに裏切るコウモリ野郎」みたいなものを世間は見抜いてたと思うんだけど、今はさして問題にされないというか。

4/20
> 「ケトル」最新号は、なんと『ブレードランナー』特集。近未来SF特集でも、ディック特集でも、リドリー・スコット特集でもなく、ブレランだけで特集を組むという潔さ。
> 「夜の巷を徘徊する」、先週の商店街も素晴らしかったけど、今週の19歳男子たちとの交流もよかった。「初めて会う芸能人がマツコって…」「悪かったな!」「いや、インパクトがありすぎて」「じゃあ、誰だったらいいんだよ」「…ゆってぃとか」。なるほど!

4/21
> ↓平野啓一郎さんが指摘している通りだと思う。監視と密告がなければ、共謀罪を証明するのは困難。てことは、一般人だろうが何だろうが、監視対象にならないように振る舞わなければならない。つまり、政権の意向を誰もが日常的に「忖度」することになる。日々の暮らしに直結する話だ。
> 国会前の通りは、今頃つつじが咲いているだろう。 ●つつじ群れ共謀罪のあるくらし
> ホント、いま普通に享受している「言いたいことが言える自由」をなめないほうがいいと思うよ。言いたいことが言えなくなったら、「言いたいことを言えなくて苦しい」とか「言いたいことを自由に言わせろ」ってことすら言えなくなるんだから。
> ラジオで、ゲストの三浦大知にダンスをリクエストするバナナマン。ラジオで! 設楽統「踊ってくれてるよ! 踊ってくれてるよ!」
> 毎年、電話口の森山直太朗を雑に扱うバナナマン、面白いなあ。
> ♩どこもかしこも駐車場~車があったら便利かな~ 森山直太朗「どこもかしこも駐車場」
> そしてこれから、バナナムーンでラジオコントスペシャル。ぜいたくだなあ。
> ラジオコント、面白かったー。バナナマンのルーツにスネークマンショーがあることが、よくわかる。

4/22
> 「ぼくの『風櫃(フンクイ)の少年』も7日間で公開打ち切りになりましたし、そんなことばかりでした」→エドワード・ヤン&ホウ・シャオシェン決別説の真相は?二人の天才の秘話(1/2) - シネマトゥデイ https://www.cinematoday.jp/page/N0091100 @cinematodayさんから
> 「前は自分一人でほぼ丸々一冊記事を書いていたけど、今は編集長、みたいな」→話題性より大事なのは狂気的な熱量...ライムスター宇多丸が語る「タマフル」の10年 #utamaru #TBSラジオ https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/utamaruradio1?utm_term=.lvnEeG381 @tatsunoritokuさんから
> ↓なるほど。雑誌が売れないってな話はよく聞くけど、ラジオがある種の雑誌的な役割を担っているのかもしれない。情報だけを並べるならネットには勝てないわけで、やっぱり「特集」よ。雑誌もラジオも。
> 「とりあえず、みんなブログを始めたらいいんじゃないかな (笑)。クソな世界だけじゃなくて、好きなものとかについて適当に語りまくってほしいよ」。うん、好きなものについて語るのはすごく大事。パンもバラも求めよう。https://tvod.tumblr.com/post/159792280259/011-mo-pleasure-mo-problems
> 銀シャリ橋本に対して、おぎやはぎ小木「西っぽいよ。西っぽい」
> 諸星大二郎『BOX~箱の中に何かいる~』2巻を読んだ。諸星版RPGといった趣きで、すっごくヘンテコ。各章にオマケのパズルがついてるし、「ぱらいそさいくだ」的な場面も出てくるし、ギャグなのかホラーなのかよくわからない感じで、しかも珍しく数巻に渡る長編。
> ある不条理な設定に放り込まれた登場人物がトライ&エラーを繰り返して脱出する的な、「さあゲームの始まりです」的な、要するにRPG的なマンガって他にもありそうな気がするし、あんまり好きじゃないんだけど、諸星大二郎が描くと誰にも似てないものになっちゃうというか。

4/23
> たぶん初めて、武道館アリーナ席のチケットをゲットした。わあお。
> 俺は基本的に、イベントや映画の「予約」って面倒で、その日の気分で決めたいタイプ。なので、アリーナ席になることは、まあないわけですよ。それが、今回は先行抽選の段階から動いたのだ。ふふふ。
> 湯浅政明監督には、30~40年代の狂ったカートゥーンに近いものを感じる。極端なディフォルメ、目まぐるしいメタモルフォーゼ、歪んだパースなどなど。俺の大好物なやつ。
> ディズニーの色彩感覚、フライシャー兄弟のシュールレアリズム、テックス・アヴェリーのスピード感、チャック・ジョーンズのデザインセンスなどなど。
> これから、シュワルツネガーじゃないほうのT2。
> 例によって、見上げる席。
> T2のポスターの前で、自撮りしてるおじさんがいた。個人史、だな。
> 前作公開時はまったくそーゆー意識はなかったが、T2の彼らは俺と同世代だったのか。そりゃあ、髪も薄くなるし、腹も出るよな。ちょっと走りゃあ、すぐ息切れだ。
> 『トレインスポッティング』といえば、ニカっと口を開けたユアン・マクレガーのあのジャンキー笑いだけど、ここんところTLに流れてくるナオト・インティライミの笑顔もあれっぽいよね。
> 過去の映画パンフをどこにしまっちゃったかわからないので印象だけで言うけど、『T2 トレインスポッティング』のパンフ、前作のパンフの色づかいや文字組を再現してるよね。愛だなあ。
> 『T2 トレインスポッティング』のパンフ、非常に充実した作りになっている。ただし、文字サイズや文字色が、あれから20年経ったおじさんの目には、かなり読みづらい。家に帰ってコンタクトレンズを外してから、読むつもり。
> これは今回の『T2 トレインスポッティング』のパンフだけど、前作のパンフにも、こーゆーイカれた文字組があったのよ。変なことするなあと、やけに印象に残ってる。 https://pic.twitter.com/0JqO9LYzuB
> 次回のタマフルは、柴田元幸がゲストとな! 翻訳小説の特集らしい。これでガイブン好きが増えるといいな。
> 俺がトレインスポッティングのパンフを読み耽ってる間に、オザケンがテレビに出ていたのか。90年代じゃなくて、2017年の話ですよ。

4/24
> 丸尾末広『トミノの地獄』3巻、なんとメビウスが1991年に書いた丸尾評が掲載されている。「丸尾は、すべての禁忌を犯さずにいられない病に罹っている」「わたしたちすべてが、完璧に閉じられた函の中に監禁されて、絶望的な叫び声をあげているという事実を、丸尾は教える」とかとか。
> 横山旬『あらいぐマンといっしょ』上巻を読んだ。横山旬、やっぱり面白いなあ。第3話では、ピーズの「いんらんBaby」が引用されている。あと、あらいぐマンと旅する巨漢のパンクス、リンタローにちょっとカズレーザーの雰囲気があり。
> セブンイレブンに置いてあるフリーペーパー「7ぴあ」に、The ピーズのはるくんのインタビューが掲載されていた。「応援する方もこ、こっちも、みんなせいせいできるチャンスだなって」「結婚式なのか、生前葬なのか分かんないけど」「“轟音ピーズは武道館まで”、それが目標になっている」など。
> 「7ぴあ」、The ピーズのはるのインタビュー。「ここで会えるのが最後になるっていう人、いっぱいいると思うんだよ、日本中から集まったら。お客さんも、友達も。だから、絶対集まっといてよかったなと、思うよね」。ああ、そういう境地なんだな。
> ダニー・ボイル監督『T2 トレインスポッティング』、前作にそれほど思い入れはないんだけど、「時の流れ」の残酷さにグッときてしまった。若い頃はどんなクズでもまだ可能性が開けてたんだと、クズのまんま大人になったあるときふと気づく。今やかつてのように疾走できず、息があがっちゃうんだよ。
> ダニー・ボイル監督『T2 トレインスポッティング』、「未来を選べ」という前作のフレーズの解答編になっているのも面白い。主人公レントンの長セリフには、「未来を選んだ結果がこれかよ」とか「選んだつもりが選ばされてるだけじゃないか」といった、負け犬の苛立ちと混乱がにじんでいる。
> ダニー・ボイル監督『T2 トレインスポッティング』、「書くこと」「物語ること」が救いになり、過去に落とし前をつけることにもなるというのも、すごくいい。救われるのは、書いた自分だけじゃない。それを読んだかつての仲間にも、ある変化が訪れるんだよ。
> ダニー・ボイル監督『T2 トレインスポッティング』、前作に対する目配せ的な場面は数知れず。トイレが出てくりゃ、わっ、と思い、駅に降りたてば、ああ、と思う。あと、音楽も記憶の呼び水になるよね。遠くから聞こえてくるような「Born Slippy」のイントロのように、過去がよみがえる。
> 現在の自分の隣の席に、若かりし頃の過去の自分が座るような錯覚を覚えることってあるじゃん。ない? 俺はあるのよ。『T2 トレインスポッティング』に織り込まれた前作の映像は、俺にそんな感覚を思い出させた。腹の出たレントンが、あの曲で踊る場面も。
> 以前作った短歌。 ●汗だくになって踊っていた頃の私がふいに隣に座る
> ●若者の孤独の痛み中年の孤独の哀れ 二度目は喜劇

4/25
> しかし、なんなんだ、あの復興大臣は。失言って、聴衆への受け狙いとか、本音がポロっと出ちゃったとか、あえて口にしてマッチョぶるとか、いろんなパターンがあるけど、復興大臣のアレはそのどれとも違う。だってさあ、公の場であんな発言したら問題だということすら気づかない、アレな人なわけで。
> 復興大臣のあのひどい発言に、たいした意図があるように見えないんだよね。ペラペラと自動的にあの手の言葉が出てくるってのは、むしろなーんも考えてないからじゃないかな。被災地のことも、復興のことも、なーんも。要するに、仕事ができない大臣ってことだ。
> 被災者への想像力を欠いた復興大臣、法案の説明ができない法務大臣、自衛隊の状況を把握しない防衛大臣。なんで、真面目に仕事をしない者ばかりがポストに就いているんだ?

4/26
> 今日のドミューンはあがたさんかー。誰が実況してくれないかな。
> やってもやっても仕事が切れず、気持ちが休まらない。残業感、だな。
> あら、ジョナサン・デミの訃報…。
> んー、やっぱ、バイト時代の『ストップ・メイキング・センス』の思い出のツイートは消しておこう。
> 「2020年まで毎年アルバムを作って、311について考えることに意義があると思っているんですよ」。これはとてもいいインタビュー。→あがた森魚インタビュー 震災後に決意した10年計画とメッセージ http://www.cinra.net/interview/201704-agatamorio @CINRANETさんから
> ↓CINRAのインタビューで、あがた森魚がかなり突っ込んだ話をしている。震災後の10年を定点観測するように毎年アルバムを作るというのもすごいし、それが最終的にポジティブなものへとつながっているのもすごい。新作『べいびぃろん』は、これから聴きます。

4/27
> 沢田マンション! 一度行ってみたい。
> 俺も子供の頃にツツジの蜜を吸ったことがあるけど、種類によっては毒があることを最近知った。油断ならないな、ツツジは。
> カフカの落書き、ジャック・タチのポスターみたい。
> 千葉雅也さんのツイートで知った歌集、仲田有里『マヨネーズ』を読んだ。なんだろう、歌の骨組みを見せられてるような素っ気なさにドキりとする。歌集のタイトルは、冒頭のこんな歌から採られている。 ●マヨネーズ頭の上に搾られてマヨネーズと一緒に生きる
> 仲田有里『マヨネーズ』、だからどうした、と言いたくなるような歌が並んでいて、でもそうしたものが日々を形づくってるんだという切実さを感じる。例えば、歌にしなければ消えちゃうかもしれないけど、こういう夏が確かにあったということ。 ●屋外でアイスクリームを食べる人私も去年そこで食べてた
> 仲田有里『マヨネーズ』の、言いたいことはそんなにない、31文字でも多すぎる、というような字足らずっぷりにもグッときてしまう。気持ちにぽかんと空白が生まれる感じ。 ●ビデオ屋の角を曲がって夕飯を菓子パンにする帰り道
> 仲田有里『マヨネーズ』より、もう一首。ああ、不在の部屋を思って、ぽかんとしてしまう。 ●洗濯を干したまんまで3日間旅に出たり、水を飲んだり

4/28
> ひゃっほい! https://t.co/84ikMIN1Ul
> Mステ見られなかったので、アルバムで矢野顕子×上原ひろみの「ラーメン食べたい」を聴きながら帰路。すごい疾走感。もお、食べたくて食べたくてたまらない感じ。
> はたから見ればたかがラーメンかもしれないけど、当人にとっては切実なんだよなあ、と思う。ラーメン食べたい、ひとりで食べたい。そんな個人的でささやかな欲望を、矢野顕子は思いっきり肯定する。
> 人のラーメンを笑うな。
> ラーメン食って帰ろう。
> 俺が「ラーメン食べたい」に感じる肯定感は、例えば「ドキュメント72時間」に感じるものにも似ている。
> バナナマンの二人は、同じ型の電動歯ブラシ使ってるのか。
> でしょ。だと思ってたよ。監視された人は誰もが、自動的に「一般人」じゃなくなるってこと。だから反対なんだよ。→嫌疑ある段階で一般人ではない 「共謀罪」で盛山副大臣 | 2017/4/28 - 共同通信 47NEWS https://t.co/7nfztN27BP
> 「裁判所は、権力に「なびきやすい」と知るべきです」。これは怖い指摘。→共謀罪で司法は歯止めにならない 元高裁判事が語る〈AERA〉(dot.) - Yahoo!ニュース https://t.co/7Dm89McmK7 @YahooNewsTopics
> 「「共謀罪」を「共謀罪」だけで捉えてはいけない」「多様な言論統制メニューや、ハイテク技術を駆使した監視システムの数々との連動を念頭に置く必要がある」→共謀罪:危なすぎる法案 「国民」に「絶対服従」を強いる!=斎藤貴男 - 毎日新聞 https://t.co/25WEvYhqMX
> これも読んどこうね。→共謀罪ってなに?~LINEもメールも監視される時代に?~ https://t.co/Fkk8V5jkAp #POST
> 監視社会になる、言論が萎縮する、というのは確かに共謀罪の大きなポイントだけど、もう一つ、いつでも過去に遡って罪に問えるというのも非常に怖ろしいと思う。「やっぱ止めた」と犯罪を思いとどまっても、罪は消えないわけでしょ。しかも、それが犯罪かどうかはかなり恣意的に決められる。
> 共謀罪は、これをしていれば罪には問われない、というラインがあまりに曖昧で、俺らの間に不信感を生むことになると思う。組織的犯罪集団と見なされないように、危なっかしい相手には近づかないようになる。何が危ないかわからないから疑心暗鬼になり、権力の顔色をうかがうようになる。
> あと、誰かが指摘していたんだけど、共謀罪ができると警察の捜査能力が著しく落ちるんじゃないか、ってのは盲点だった。こんなに恣意的に使える武器を与えたら、まともに捜査しなくなるんじゃないかと。なるほど。

4/29
> 渋谷タワレコで、あがたさんと慶一さんのインストア。おじさんおばさんだらけ。
> わ、『アマルコルド』! この映画、すごい好き。BSは観られないんだけど、ひょっとしたらソフト化されるかも。されろ!
> 今日は渋谷のタワレコへ。あがた森魚、鈴木慶一、和田博巳によるインストアイベントに行ってきた。トークコーナーではあがたさんが大人しくて、なぜかあまり喋らない。ところが、そのあとのミニライブでいきなりとつとつと語り始め、歌になるとエモーションが爆発。もう、びっくりだよ。
> 渋谷タワレコの、あがた森魚&鈴木慶一のミニライブ。「春一番にいかなくちゃ」と「大寒町」の2曲を演奏。「大寒町」では、二人がシャウトで掛け合い。その間じゅう、慶一さんは嬉しそうにニヤニヤしてて。いやあ、いいもん見た。

4/30
> 「Session-22」の梅佳代の回を聞いた。面白い人だなあ。中学男子の写真を撮るときに、数カ月会わなかっただけで別人のように素っ気なくなるという、思春期男子特有の距離感に大喜び。「心の中で拍手。出ましたー、みたいな」「面白いなあと思って。もうならんから、私はそれに」。
> 「厨二」みたいな言い方をされるけど、俺ももうおじさんだからさ、あの中学生特有の自意識と無邪気さが入り混じったような感じって、妙に愛らしく思えてくる。それって、梅佳代が言うように、もうあの感じにはなれないからかもしれない。
> 毎日、17時になると街に流れる「遠き山に日は落ちて」のメロディー。なんか、今日は変な針飛びみたいな感じになってた。♩とーおきーやきーやーまにひーはおちおちてーてー、みたいな感じ。こうした微妙なズレから、異空間に迷い込んだりするんじゃないかな。
> 『フリー・ファイヤー』、いま観終えたんだけど、軽く興奮状態。すげー面白いじゃんか! 90分の映画が好きなみんな、これは観といたほうがいいやつだよ!
> 『沈黙 サイレンス』を撮り、『牯嶺街少年殺人事件』のデジタルリマスターに関わり、『フリー・ファイヤー』の製作総指揮を務める、マーティン・スコセッシの偉大さよ。
> ベン・ウィートリー監督『フリー・ファイヤー』、最高だった。10名の小悪党たちが、工場跡地でひたすら罵り合いながら銃撃戦をするという90分。見せ場でズバン、とかじゃないの。だらしない戦場のようにずーっと撃ち合い。だらしないんだけど、尻上がりに加速する展開と細部のアイディアに大興奮。
> ベン・ウィートリー監督『フリー・ファイヤー』、小気味よく人がばたばたと死んでいくと思いきや、監督のリサーチによれば撃たれても人はなかなか死なないそうだ。かくして、どいつもこいつも満身創痍でトカゲのように這いずり回りながら、映画史上最も往生際の悪いガンファイトが繰り広げられる。
> ベン・ウィートリー監督『フリー・ファイヤー』、登場人物がみんな小物というかクズなのもいい。銃撃のそもそもの発端とかホントしょーもないし、このままじゃ全滅だからここで手打ちにしようってな冷静な判断をするヤツがひとりもいない。撃ちやがったなちくしょう、であっという間にヒートアップ。
> ベン・ウィートリー監督『フリー・ファイヤー』、俺が一番気に入ったのは、火だるまになった男の行動。火だるまのシーンは映画で何度も見たけど、こんなのは初めてじゃないかな。あと、終盤の工場のシャッターにもにんまり。ニクいね、どうも。
> 工場跡地での銃撃戦だけで90分もたせちゃった『フリー・ファイヤー』、家の中での追いかけっこだけで90分もたせちゃった『ドント・ブリーズ』。この手の閉鎖空間で、限られた登場人物で、上映時間がタイトってな映画が好きだ。使えるものは全部使うってな、アイディアがてんこ盛り。
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4月のつぶやき(その1) [ツイート]

4月のツイートまとめも、さっさとやりましょう。抜粋編集バージョン。つっても、表記を整えたくらいだけど。『ムーンライト』『わたしは、ダニエル・ブレイク』『牯嶺街少年殺人事件』『夜は短し歩けよ乙女』『かたわれワルツ』『スウィングしなけりゃ意味がない』と、映画も読書も大充実。あと、筒井康隆の炎上と野糞の人。

4/1
> 『ムーンライト』からの間髪入れずに『レゴバットマン』。
> クリス・マッケイ監督『レゴバットマン ザ・ムービー』、最高だった。前作は「レゴでできた世界って?」ってなメタギャグが満載だったけど、今作は「ヒーロー映画」を問い直すようなメタギャグの嵐。冒頭から、ワーナーのロゴが出るところに「ロゴがどーん」ってなナレーションをかぶせたり。
> クリス・マッケイ監督『レゴバットマン ザ・ムービー』、レゴ人形の可動域の小さな動きがかわいいんだよな。あのだだのこねかたとか、爆笑。あと、小さなレゴだからこそ際立つ、バットケイブでのひとりぼっち感とかも可笑しかった。数カ所実写になるところがあるんだけど、これまた気が利いてる。
> クリス・マッケイ監督『レゴバットマン ザ・ムービー』、吹き替え版で観たんだけど、ロビン役は小島よしおだったのか。どうりで「おっぱぴー」とか言ってたわけだ。でも、それはさほど気にならず、むしろ役になじんでたと思う。エンドロールでジャニーズの曲が流れたのは、ちょっと気に障った。
> バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』、素晴らしかった。周囲と自分は違う世界を生きているんじゃないか、というような孤独感がひたひたと伝わってくるような映像にやられてしまった。一人で踊る少年が、その孤独を抱えたまま青年になり大人になる。うつむきがちなその背中から、目が離せない。
> バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』、少年時代のパートでまず目に飛び込んでくるのは主人公の背負った青いリュックサック。青年時代のパートでも、主人公はリュックサックを抱きしめるように胸に抱える。リュックサックは、孤独な者の家であり友でもある。
> バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』、大人になってからのパートでは、主人公はもうリュックサックを持ってはいない。手ぶらでストリートに出ていくくらい、タフになっているように見える。。でも、別の人物がリュックを背負ってるんだよな。そのことに、グッときてしまう。
> バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』、セリフがとても少ない映画なんだけど、数少ないセリフがとても胸にしみる。特に、大切なことは海を前にして語られる。だから、最後のパートで波の音が聞こえてきたときに、ああ、海が近いんだと思って、またグッときてしまう。

4/2
> 久々に腰痛気味。ギミーシェルター。
> 腰は痛いが、今日も映画に。初ケン・ローチ。略して、ハツケン。
> それにしても新宿武蔵野館のラインナップの渋さよ。
> 『わたしはダニエル・ブレイク』、すごくよかった。なんか真っ直ぐ帰る気になれず、喫茶店で余韻に浸っている。
> 思い出すだに涙がこみ上げてくるな。
> なんか、ちょっとしたディテールを思い出して、うるうるきてます。ダニエルのニットキャップとか。
> そうなんですよ。ダニエルの隣でパソコンを教えてあげる若者とか、あーゆー小さな親切の積み重ねで社会はなんとか保たれているんだと思います。
> ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』、心臓病で離職した主人公が国から手当を打ち切られ、役所の官僚主義的な対応に必死で立ち向かうという映画。淡々とした地味な映画だと思うでしょ。でも、当人にしてみれば淡々となんかしてらんない大問題なわけで、観ていて何度も心が揺さぶられた。
> ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』、主人公のダニエルはどんどん追いつめられていく。それでも困っているシングルマザーに手を差し伸べるし、彼もまた誰かから小さな親切を受け取ることがある。彼は、そうすることで辛うじて社会が保たれていることを知っているのだ。
> ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』、元大工のダニエルは知り合ったシングルマザーの親子に、手作りのモビールや本棚をプレゼントする。お金を渡す代わりに、自分ができることをする。その尊さ。生活の足しにはならなくても、部屋の飾りや本棚が尊厳を保つ助けになるってことだ。
> ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』、ダニエルは役所へ図書館へ求職活動へとひたすら歩き回る。そんな場面のところどころに、杖をついた人、車椅子の人などの姿が見える。それは背景だけど、背景じゃない。ダニエル同様、この社会の隣人の姿だということに改めて気づかされる。
> ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』、ダニエルは隣人であり明日の俺らかもしれない、というだけじゃ十分じゃないな。とりつくしまのない役所の職員も、ダニエルに喝采を贈るホームレスもまた、明日の俺らかもしれない。社会は誰か一人が作ってるわけじゃないからね。
> ケン・ローチ監督『わたしは、ダニエル・ブレイク』、イギリスにフードバンクというものがあることを初めて知った。このフードバンクのシーンはとてもショッキングなんだけど、職員の振る舞いが素晴らしかった。それは決して奇異な出来事ではなく、きちんとケアすべきことだと職員はわかっているのよ。
> なんかいろんなこと考えちゃうな。カート・ヴォネガットのあの有名なセリフ「なんてったって、親切じゃなきゃいけないよ」とか。國分功一郎の『暇と退屈の倫理学』に出てきたフレーズ、「私たちはパンだけでなく、バラももとめよう。生きることはバラで飾られねばならない」とか。
> ケン・ローチって、「社会派」の監督というイメージがあってなんとなく敬遠してたんだけど、よく考えてみたら「社会派だから敬遠する」ってのもおかしな話だよな。映画として面白いかどうかじゃん。その意味で、『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、ワーキングクラスのウディ・アレンのようでもあり。
> そういえば、ダルデンヌ兄弟の『サンドラの週末』ってのもあったな。あれもひたすら歩き回る映画だった。

4/3
> 「おはじき」とマジックで書かれたボール箱を持って歩いているサラリーマンを見た。
> 「おはじき」の中には、「オジキ」も「ハジキ」もある。アウトレイジな匂いがする言葉だ。
> 「低み」のコーナー、大好きなんだけど、俺もイニシャルでいうと「Tくん」だということに気づいた。どおりで、低いわけだ。
> 「籠池泰典氏がしつこいとかうそつきとかいう話は出たし、森友学園の経営や設置認可をめぐる強引さにも批判が集中したが、教育方針を批判した発言は、渦中の政治家からは出なかった」→時代の風:森友問題の本質=中島京子・作家 - 毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20170402/ddm/002/070/056000c
> 「軍人が得々とそういう話をするのを子供の時に聞いていたんです。子供心にもこれは殺人だと思ったが、戦争だからやっていいんだと自分に言い聞かせたんですね」→小澤俊夫氏が警鐘 「共謀罪で言論の息の根が止められる」 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/202513
> 鈴木翁二『かたわれワルツ』を読んだ。収録されている作品のほとんどを他の作品集で読んでるんだけど、鈴木翁二が作品集のたびに何度も加筆修正するように、こちらもくり返し読みたくなる。正直よくわからない部分もあるんだけど、だから何度も読むし、わからないところも含めて強烈に惹かれてしまう。
> 鈴木翁二『かたわれワルツ』。黒々とした影の数々に、なにか普遍的な「さびしさ」を感じる。例えば、子供時代に初めて死を意識したときのようなさびしさ。でもそのさびしさは一方で、宇宙や時間の秘密に触れたような感覚をもたらす。さびしさが俺らを遠くへと連れていってくれる。
> 俺が「ああ、鈴木翁二だなあ」と思うのは、コマの中を斜めに飛ぶ手書き文字。これって、ここじゃないどこかから響いてくる声や音なわけで、この遠くの声や音が鈴木翁二作品の遥けさにつながっている。たとえば、『かたわれワルツ』のこんな大ゴマとか。 https://pic.twitter.com/moSLMpkzwZ
> 山田参助『あれよ星屑』6巻のラストのコマにも、斜めに飛ぶ手書き文字が出てくる。あれも、鈴木翁二っぽいなあと思ったり。
> 鈴木翁二『かたわれワルツ』収録の「転轍機」に登場する女性シンガーって、谷山浩子さんじゃないかなあ。

4/4
> 「教育食後」には「食事のあとにはきちんと歯磨きをする」など良いことも書かれており、教育現場で使用することは問題ないという意見がありますが、だったら歯医者のポスターでいいと思います。
> 今村復興大臣の会見をみると、異論や批判に対するこの政権の耐性のなさが表れている。「無礼」とか「侮辱した」とか、すぐ言うじゃん。それって、自分の自尊心が一番大事ってことでしょ。この手の人は、自分の機嫌で他人をコントロールしようとする。つまり、相手に「忖度」を求めるわけだ。
> 答えにくい質問には「私を貶める印象操作だ」と切れ、こんなことがあったとの証言には「侮辱されたから証人喚問」と切れ、無責任との批判には「無礼だ誹謗だ」と切れる。感情ばかり優先させ、気に入らなければ恫喝し、根拠は示さず、嘘をつき、いつも忖度を求める。さふいふものにはなりたくはない。
> 震えた。和合さんのうねるような朗読に、寄り添っては離れまた近づくあら恋の演奏。爆音のポエジー。→[焦点 feat.和合亮一] あらかじめ決められた恋人たちへ https://youtu.be/9f8VifnvlUc @YouTubeさんから
> これもいいな。♩なのに幸せのイメージで街は一杯→「君といつまでも(together forever mix)feat. ECD×DJ Mitsu The Beats」 ECD×DJ Mitsu... https://youtu.be/oQhNns7hSx4 @YouTubeさんから

4/5
> お、今週末から近場のシネコンで『クーリンチェ』がやるぞ。新宿や有楽町よりは席が取りやすいはず。武蔵野館も、好きなんだけどね。
> 今日は夜でもそこまで寒くないな。春のあたたかさはまやらわ。
> 夏目ちゃんがいた頃の「怒り新党」が懐かしい。

4/6
> 折りトンボ、ってなんかかわいい言葉だな。知らない人にとってはは、まったく関係ない言葉だが。
> 筒井康隆の小説は昔っから好きで読んでるけど、さすがにあの発言はドン引き。タブー破りですらなくて、ネットでよくあるやつじゃん。通常運転というより、迷走じゃなかろうか。
> とはいえ、こーゆーことはあるよね。立川談志の言ってることに反発を覚えても、落語は面白いとか。この間も好きなミュージシャンがネトウヨ的なツイートをしてて、げんなりしたことがあった。もちろん、知人や友人でも同様のことはありうる。その発言を是とせず、その上でどうするか。
> 読み始めたばかりの、佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』がとっても面白いんだけど、作者自身がサウンドトラックを選曲してることを知った。デューク・エリントン、フレッド・アステア、エトセトラ。こーゆーの、他の作家もやればいいのに。https://tamanoir.press/2016/05/15/
> こちらは、佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』のサウンドトラック(コメント付き)。「最初、この小説は「有頂天時代」というタイトルにするつもりでした」とかとか。https://tamanoir.press/2017/02/23/

4/7
> トランプがカードを切る、って笑えないな。
> 今日もあたたかなはまやらわ。
> 地元の川べりで夜桜見ながらぶらぶら。ビールとあら恋で、いい気分。
> 桜と爆音って合うよねー。
> 「僕も友達がしくじりよったら、あいつあほやなあとか言いますよ。でも共感する。不幸に共感する。何かできんやろか、となるね」。ダニエル・ブレイク的な。→特集ワイド:おおらかな大阪どこへ? 編集者、江弘毅さんと考える - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20170405/dde/012/040/055000c
> 不幸に共感する。弱さに共感する。愚かさに共感する。ダメさに共感する。そういう共感を忘れないようにしたいやね。
> 本日のバナナムーンは、ゲストがアンガールズ田中。田中最強説を検証中。どんな番組にも田中が出てると、盛り上がるバナナマン。「紅白に出てるのを見て、俺、ゾッとしたもん」と日村さん。
> こんな時間ですが、私の好きな筒井康隆10冊を選んでみた。『驚愕の曠野』『虚構船団』『残像に口紅を』『メタモルフォセス群島』『宇宙衛生博覧会』『バブリング創世記』『ベティ・ブープ伝』『パプリカ』『乱調文学大辞典』『にぎやかな未来』『美藝公』。あ、11冊か。
> こーゆーのって、いくつのときに読んだかってのも大きいよね。

4/8
> 飛鳥山公園で花見をしてきた。飛鳥山が出てくる落語があった気がするが、愛宕山と混同しているかもしれない。頭山ってのもあるが、あれは別ものなので間違えようがない。
> 他に誰もいないエレベーターの中や温泉の浴場などで、おどけたポーズを取りたくなるという欲求がある。人がいたら決してしないような、変なダンスとか変な顔とか。本日は、「内弁慶」にならってそうした欲求を「内コミカル」と呼ぶことが決まった。ちなみに、人前でばかりおどける人は「外コミカル」。
> 人がいようがいまいがおどけるタイプは、ただの「コミカル」。
> おどけたいけど上手くおどけられない人は「コミ障」。おどけたがる気質は「コミっけ」。
> ただ、家でひとりのときにはコミっけが沸かないんだよね。公共の場だけど人がいない、というのがポイント。
> 職場に自分しかいないときに恐る恐るちんこを出してみた、と語っていた人がいた。これは、性癖なのか内コミなのか微妙なライン。

4/9
> 日曜日の夜に四時間の映画を観ます。
> わかっていたことではあるが、『牯嶺街少年殺人事件』がもお良すぎて良すぎて。しかし、千葉のシネコンでは、観客が俺を含め3人だった。都内の映画館が混んでるとお嘆きの皆様、ぜひ地元の映画館へ! この調子だとすぐに上映が終わっちゃうぞ。
> エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』の4Kリマスター版を観てきた。90年代に観た映画の中で忘れ難い1本。4Kのおかげか、夜の深さに引き込まれる。4時間の長尺だけど、みずみずしくて豊穣で、すべてのカットが素晴らしい。ブラスバンドの場面と最後の「今夜はひとりかい?」で涙。
> エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』、映画の中で過ぎる時間は1年程度だと思うけど、ローティーンの少年にとっての1年は大人にとっての5年くらいなんじゃなかろうか。映画が終わるときには、始まったときからずいぶんと遠くまで来てしまったような感覚に襲われ、ただただ呆然としてしまう。
> エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』、チャン・チェンのひょろ長い手足がいいね。背は伸びたけど青年の体つきになるにはまだまだ時間がかかる、あの年齢のときにしかない輝きが映画に焼き付けられている。大人びた表情とあどけない表情が入り混じるところも。
> エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』、光と闇の繊細な描き方にうっとり。懐中電灯はもちろん、ネオンやろうそく、戸の隙間から漏れる光、壁にチラチラ揺れる影、闇の中にぎらっと光る刃物、夕暮れの屋台の灯りなどなど。高い窓からバスケのコートにの射し込む光とかも、たまらないものがある。
> エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』、いっとう最初、電球のアップから始まり、序盤で懐中電灯を手にする。終盤で電球が割られ、懐中電灯を手放す。夜間学校から昼間へという望みもかなわず、眼鏡も得られない。すべては光を失う方向へと進んでいく。その胸が締めつけられるような痛ましさ。
> エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』、何度も出てくる自転車を押して歩く場面もいいなあ。特に、父親との場面はグッときてしまう。昔観たときはあまり意識していなかったけど、これ、家族の物語でもあるんだな。

4/10
> 観た翌日、三日後、一週間後、その映画のシーンがふと脳裡によみがえり、ふーっとため息をつく。忘れても何かの拍子に思い出す。映画の悦びって、そーゆーもんじゃないかな。『牯嶺街少年殺人事件』は、まさにそんな映画だった。カチッカチッと灯りが点滅するように。
> 忘れてまた思い出すまでが映画です。
> 『牯嶺街少年殺人事件』への加瀬亮のコメントがいいな。「懐中電灯で足元だけを小さな光で頼りなく照らしながらなんとか先の見えない闇の中を歩いていく少年の姿にひどく動揺したものでした」。初めて観たときのあの気持ちは、そうだ「動揺」だ。http://www.bitters.co.jp/abrightersummerday/comment.html

4/11
> タイトルからして、カッコいい! https://t.co/i2WgdCiAth
> ●春の野でサンドウィッチを手に僕らトホホトホホと降る雨に濡れ
> ●猫戻る未明の夢の外側でミルク皿打つ春の雨垂れ
> 端っこにいる 小猫王がかわいい。 https://t.co/JHRPMsMzkC
> エドワード・ヤン『牯嶺街少年殺人事件』、最初の夜の小学校での場面、よかったなあ。光と闇、暴力と愛、というモチーフが盛り込まれているだけじゃなく、画面の構図にいちいちシビレる。階段の撮り方、廊下の撮り方、離れた場所で起こっている複数のアクションを同じ画面に収める見事さ。
> あと、エドワード・ヤン『牯嶺街少年殺人事件』を観返して、俺が気になったのは、開いた戸口越しに手前の部屋から奥の部屋(もしくは屋外)を見るという構図。保健室の場面や押し入れの寝床、撮影所の場面などあちこちに登場する。それがどうしたといわれれば、俺もよくわからないんだけど。
> 『牯嶺街少年殺人事件』の保健室の場面で連想したもの。 https://t.co/ETXFZhrYaG
> ホント、素晴らしい映画でした。もう、すべての場面が印象深くて…。保健室のあとのシーン、小明に先に行っていいよと言われた小四がすたすた歩いていって、クルっと戻ってくるところとか。いや、挙げ出したらキリがないんですが。

4/12
> ↓敵を殺せ、民間人を殺せ、という立場に置かれるのも当然恐ろしいが、俺が怖いのは「仲間を売れ。そうすれば命を助けてやる」ってやつだ。これに抗うことができるだろうか? 抗えなかったとすると、その先の人生はどうなってしまうだろうか? とんでもない虚無を抱え込むことになるんじゃないか?
> 『ムーンライト』『わたしは、ダニエル・ブレイク』『牯嶺街少年殺人事件』…。いずれも、彼ら彼女らと共に過ごしたような気持ちになる映画だと思う。だから、映画が終わってからも、彼らのことを考えちゃうんだよな。
> 介護保険法で強行採決。森友問題で追求されたからかどうかはよくわからないけど、基本「報復」なんだよね、この内閣のスタンスって。言い返さずにいられないし、やり返さずにいられない。しかも、それを隠そうともしない。むしろ、わざと見せるんだよ。
> 以前、強行採決の常態化について、「俺に逆おうってのか、と刃物をチラつかせるチンピラのようだ」と書いたら、「与党に投票した国民をバカにしてる」と言われたんだけど、強行採決でバカにされているのは「国会の議論で物事を決めて欲しいと思ってるすべての国民」だからね。
> しかし、現政権を批判したら投票した国民をバカにすることになる、という理屈は、ホントおかしい。投票した人って政権と一心同体なの? 竹やぶみたいに地下茎かなんかでみんなつながってんの?
> 佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』読了。うおー、べらぼうに面白かった。舞台は第二次世界大戦中のドイツのハンブルグ。当時ナチによって禁止されていたジャズに熱狂した若者たちが、国家を出し抜いてパーティを開いたり海賊盤のレコードを作ったり。その命がけのスウィングにシビレる。
> 佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』、若者たちのある者は戦争に首根っこをつかまれ、ある者はなんとか生き延びる。でも、誰も無傷ではいられない。主人公はドイツを「お馬鹿の帝国」と呼びながらも、服従せずに生き延びるには「金」が必要だというえげつない現実と格闘しなければならない。
> 佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』、「糞格好いい」というセリフが出てきて、お、と思う。舞台は70年前のドイツなのに、主人公たちは今の日本の若者のように喋るんだよね。他にも、どん引き、うぜえ、キモい、誰得などなど。豊崎由美さんがツイートしてたように、この国の話ってことだ。
> 佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』より。ごっきげんな、そしてとても不機嫌な罵倒。「彼らはぼくに多くを求めすぎだ。血統だの純血だの民族の一員としての自覚だのは、やりたい奴が趣味でやればいい。どこかの離れ小島でも買い取って、で、(→つづく)
> (つづき→)ひたすらアーリア人にアーリア人を掛け合わせてジャズとか一切聴かせずに愛国作文でも書かせて朝から晩まで行進させていれば理想のアーリア人が作れる、というのなら、どの程度のものか喜んで見せて貰うけど、ぼくにやれとか言わないでくれよ。もううんざりだ」。ね、今の日本の話でしょ。
> 佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』の魅力のひとつが、イカす言い回しやエピソードの数々。例えば、辛辣なジョークを「パクんなよ」と言われた主人公は、こう語る。「もちろん、ぼくはパクらない。ただそのきつい侮辱のロジックだけをおいしくいただく」。わお、糞格好いい。
> 「例えばルイ・アームストロングの『セントルイス・ブルース』を皆がやたらほしがったことがあり、たぶんそれだけで百枚以上売ったと思う。ただしベーレンス兄弟がステンシルで記したタイトルは『ザンクト・ルートヴィヒ・ゼレナーデ』だ」佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』より。
> ↓『スウィングしなけりゃ意味がない』には、こーゆー皮肉がいたるところにちりばめられていて、中には俺の教養がないせいでよくわからないものもあったりするんだけど、今は検索できるからね。なるほど、「サミュエル・ゴールドバーグ」ってそういう名前なのか、とかとか。
> 出てくる曲のほとんどは、YouTubeで聴けるし、佐藤亜紀さん自ら選曲したサウンドトラックを自身のブログで公開している。

4/13
> 「夜の巷を徘徊する」、夜桜見物の前におぐぎんざで買い出し。商店街の人たちが、みんな人なつっこくていいなあ。餃子屋のおばあさんが、「お父さん(夫)の50回忌で」と口にして、詳しく聞いたら夫が刺されて亡くなったんだとか。マツコって、そーゆー話を聞いてくれそうな気がするんだろうな。
> この間の飛鳥山の花見は、王子駅近くのおでん屋で、おでんを買っていったのだ。そして、余ったおでんの汁を日本酒で割って飲むっていう、「ドキュメント72時間」で覚えたやつをやった。当然、酔っぱらった。
> 本日の東京新聞「こちら特報部」は、なんと全編、共謀罪について山本直樹に取材した記事。有害図書指定の話から『レッド』の浅間山荘まで、がっつり語っている。連合赤軍の総括について、「右とか左とか関係なく、普通の善良な人でも状況と材料がそろえば、どんな時代でもおかしなことになる」とか。
> 東京新聞「こちら特報部」、山本直樹の語ることがいちいち面白い。「漫画家はもっとふざけないといけない。僕は今『レッド』に出向中だけど、連載が終了したらまたエロに戻る。自由にエロが描けない世の中なんて、まったく面白くない。国民の不断の努力がエロを面白くするんです」。おお、不断の努力!
> 山本直樹って、エロでもそれ以外の作品でも、ずーっと「日本人」を描いてきたんだなあと、改めて思う。

4/14
> 勇ましいことを言う奴に踊らされてはいけない。→元ちとせ 『腰まで泥まみれ』MUSIC VIDEO+「平和元年」SPOT https://youtu.be/BNC_znB7HuI @YouTubeさんから
> 最後のほうで清志郎が「リンダリンダ」って言ってるのは、確かこの日ゲストでヒロトとマーシーが来てたからだと思う。→RC SUCCESSION - 明日なき世界 https://youtu.be/YTQhBLDZ24g @YouTubeさんから
> ピーズの武道館が楽しみだ。→O.P.KING ミサイル畑で雇われて https://youtu.be/Hf6bIH3SCtw @YouTubeさんから
> 今日の「タモリ倶楽部」、面白かったー。野糞一筋43年の達人が、ラブレターズと森山直太朗に葉っぱで尻を拭く方法をレクチャー。うれしそうな語り口に、ニッチな専門家の魅力が爆発。
> 「スウィングしなけりゃ意味がない」佐藤亜紀氏 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/203372 #日刊ゲンダイDIGITAL
> 佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』の、ファシズムの下ジャズに熱狂したドイツの若者たち。エドワード・ヤン『牯嶺街少年殺人事件』の、戒厳令下でプレスリーに憧れた台湾の若者たち。音楽を思いっきり楽しむことが、彼らにとって抑圧を振りほどき自由へ手を伸ばす方法なんだよね。

4/15
> これ、昨日の「タモリ倶楽部」の人だ。話も最高だし、最後には「ウンコに生える美しいキノコたち」の写真まで!→野糞を続けて43年 「奥さんよりもウンコを選んだ」伊沢正名の信念 - withnews(ウィズニュース) http://withne.ws/2nKkQZ6 #withnews
> ↓「タモリ倶楽部」でも思ったけど、伊沢正名さん、朗らかなのがいいな。「もし逮捕されたら、ウンコ闘争・ウンコ裁判を貫きますよ。トイレは使わず、留置場にどんどんウンコをためていく。いけるところまでいくつもりです」とか、名言連発。
> ↓伊沢正名さんが葉っぱでお尻を拭くのは、紙が地中で分解されないから。そのことに気づいたきっかけが可笑しい。「自宅の裏山で野糞をした時に、掘り返した地面から紙が出てきたこと。何だろうと思ったら、自分が半年以上も前に野糞をした跡だった」。まるで落語みたいな話だ。
> 誰もやらないことを一人で追求している人って、自分で論理や体系を組み立てなきゃいけないわけじゃん。その人なりの理屈があるというところに、俺は魅力を感じる。あと、その人だけの悦びがあるところ。だから朗らかだし、ある種の天使性を帯びる。
> これから湯浅政明の最新作。歩けよ。
> 『夜は短し歩けよ乙女』、楽しかったー。今日は飲んで帰ろう。
> 湯浅政明監督『夜は短し歩けよ乙女』、面白かったなあ。森見登美彦の原作のセリフ回しを活かし、中村佑介のイラストの雰囲気を活かした上で、アニメーションならではの動きや構図やメタモルフォーゼを存分に盛り込んでいる。ぐにゃぐにゃと歪んで伸び縮みする線の快楽。祭りのような熱量に酔っ払った。
> 湯浅政明監督『夜は短し歩けよ乙女』、アニメーション表現のバリエーションの豊かさが、妄想力に結びついているのが素晴らしい。ひと晩で春夏秋冬をひと巡りする妄想の一夜。ひと晩であちこち巡り歩く妄想の京都。りんごとだるまと鯉が降り注ぐ京都の一夜は、因果の糸が張り巡らされた結界のようだ。
> 湯浅政明監督『夜は短し歩けよ乙女』、原作で俺が大好きな「本っていうのはすべてつながってるんだ」というくだりも、ちゃんと映像化されていた。すべてがつながっている、というのはこの原作のテーマであり、アニメーションにも引き継がれている。これは、かなり理想的な原作の映像化じゃないかな。
> 湯浅政明監督は、『四畳半神話体系』のテレビアニメーションも手掛けてるんだね。知らんかった。こちらも観てみたい。あと、来月公開の『夜明け告げるルーのうた』も楽しみ。
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3月のつぶやき(その2) [ツイート]

ツイートまとめ、3月後半分もいっちゃうよー。例えば、この頃ツイートした「批判に対し根拠を示さず反論するためのメモ」とかで、前はブログをひとつ書いちゃったりしてたんだけどなあ、とか思ったり。あとは、映画と読書とゴッドタンの日々。いやマジでマジで。

3/16
> 『狂った野獣』、観たいな。
> 今日は、マジ仕事を早めに切り上げて、マジ武道館に行くのだ。いや、マジで。
> さあ、マジ仕事をマジ上がり。マジ電車にマジ乗ってマジ向かう。
> 「ゴッドタン マジ歌ライブ in 武道館」に行ってきた。あー、楽しかった。すんごいサービス精神。本放送とはアレンジを変えたり、小ネタを挟み込んだり。マジ歌シンガー以外にも、「ゴッドタン」ファンにはおなじみのあの人やこの人も登場。出し惜しみしないというか、全部乗せ。
> 「ゴッドタン マジ歌ライブ in 武道館」、1曲目でヒム子が出てきたときの多幸感。ホント、泣くほど笑った。日村さん、歌っても踊っても顔のアップになっても、全部面白い。あと、フット後藤が「ジェッタシー」と口にした瞬間、あんなにバカにしてたのに、まさかのエクスタシーを感じた。
> 「ゴッドタン マジ歌ライブ in 武道館」、ラブレターズの好演も光ってた。角田バンドでキレキレのダンスを見せ、まさかのインフルエンザで休みになった澤部の代役を務める。スピードワゴン小沢と松丸アナのやりとりも最高。「松丸は今、小沢の心の中に語りかけています」に爆笑。
> 「ゴッドタン マジ歌ライブ in 武道館」、サプライズもいくつか。矢作さんや飯塚さんへのドッキリもよかったけど、なんつってもラストの劇団ひとりだよね。まさかの新曲。まさかの「ラ・ラ・ランド」パロディ。そして、まさかのご本人登場。あの名セリフ「あばよ!」で幕。
> それにしても、「ゴッドタン」が10年かー。当初の「マジ歌」は長渕剛やスピッツなんかをパロディにしてたんだけど、最近はRADWINPSやサチモス、アニソン、東京事変なんかが元ネタになってる。時代だなあ。あと、フット後藤は一貫してブランキー。
> ちなみに、俺が最後に武道館に行ったのは、たぶん清志郎じゃないかと。てことは、10年以上前か。
> 「ゴッドタン マジ歌ライブ in 武道館」、武道館でも下ネタがんがんぶっ込んでくるのもすがすがしかった。熟女AVの石橋さん、大活躍。
> しかし、「マジ歌」もこれだけ続いてると、ヒットメドレーになるんだな。一緒に歌える曲がいくつもある。「徹子が切れたらララララ~」「SITTETA! SITTETA!」などなど。でも、「ジェッタ」「シー」のコール&レスポンスは、コールが下手すぎてレスポンスできなかったっていうね。
> 「ゴッドタン マジ歌ライブ in 武道館」、登場する芸人のコンビがみんな仲良さそうなのもいいよね。おぎやはぎしかり、東京03しかり、スピードワゴンしかり。ヒム子の歌の最中にバナナマンの二人が揃ってスクリーンに映る瞬間があって、あれもツボだった。

3/17
> 「あ、そうそうビリヤード台も運びましたよ。みんなあんなに重いと思わなかったけど」。彼にとって大切な思い出なんだなということが伝わってくるインタビュー。→『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』張震(チャン・チェン)インタビュー! http://asian.cocolog-nifty.com/paradise/2017/03/post-f4df.html
> ↓張震のインタビュー、「ビリヤード台」っていう具体性にグッとくる。「重さ」という記憶のあり方の、生き生きとした感じね。『牯嶺街少年殺人事件』を観た人なら、あのビリヤード台だってわかるはず。
> 今週月曜日の「Session-22」、崎山記者による福島の取材報告、よかったなあ。この番組を聞くようになって、音声による現地取材の魅力を知った。楢葉町の取材の背後で聞こえるクラブミュージック。音楽が流れる場所に人が集まりつながりができていく、ということが雰囲気として伝わってくる。
> 取材の背後に聞こえるノイズもまた、俺には「具体性」に思える。風鈴の音とか、電車の音とか。
> 「山田孝之のカンヌ映画祭」、長澤まさみのおっぱいを前に山下&山田がわけのわからない協力関係を見せた先週が牧歌的に思える、ヒリヒリ回。なにもあんな追い込み方しなくても…。今まではどこまでがフェイクかわかんないしなんて思ってたけど、今日はせめてフェイクであってくれという気分に。
> 「山田孝之のカンヌ映画祭」、タイトルの「芦田愛菜 決断する」ってのには、いろんな意味が込められてそうだな。山田孝之と対峙するときの芦田愛菜にシビれた。
> いや、ハナからフェイクとして見るのはちょっと違うと思うのよ。もちろん、あの手のいたたまれない空気感みたいなものは山下監督の映画で見たことがあるし、あーゆー姿をカメラに晒す山田孝之の役者魂みたいなものも感じるんだけど、それでも余裕ぶっこいて見てられないざわざわしたものがある。

3/18
> 崎山さんの取材報告から教えられること、とても多いです。古書店主の方の話に、店主に直接依頼して本を集めるという行為そのものが「文化」なんだなあと思ったり。あと、以前のいちょう団地の取材も、音だけなのにとても臨場感があって印象に残っています。
> メッセージ性を上回る「模型」としての完成度。→ホームレスの寝泊まり環境を再現 した「世界で最も寝心地の悪いベッド」 https://www.buzzfeed.com/hikaruyoza/moyai-bed?utm_term=.bn47l0Rav @HikaruYozaさんから
> 髪を切りながら美容師と話してて、スピッツってすごいな、という話になった。わかりやすい突飛さや、わかりやすい今風にいかないで、バンドの魅力を保ち続けている。しまいには、血迷って「俺、スピッツになりたいな。存在として」と、対処に困るようなことを口走ってしまった。
> 「ゴッドタン」に、気をそらせ隊の深澤ゆうきが!
> 田島健一句集『ただならぬぽ』読了。17文字のナンセンス。いかようにも読んでください、というような投げっぱなし感が面白い。例えばこんなのとか。 ●光るうどんの途中を生きていて涼し
> 田島健一『ただならぬぽ』、動物たちがあちこちに登場する。鹿とか狐とか鶴とか鵜とか梟とか鯨とか海月とか。いずれも季語なんだけど身近じゃない動物が選ばれているためか、日常を詠むという風にはならないんだよね。 ●郵便の白鳥を「は」の棚に仕舞う
> 田島健一『ただならぬぽ』、ナンセンスな句ではこんなのも好き。雨が窓を叩く、という慣用表現を使った言葉遊び。 ●五月雨が生家をたたく返事がない
> 田島健一『ただならぬぽ』、俳句という小さな詩型ができることはささやかなだけど、それでもこんなことができるちゃったりする。 ●軍艦をこわして蛍籠つくる
> 田島健一『ただならぬぽ』からもう一句。卒業シーズンなので。 ●卒業の写真半分以上が空

3/19
> 京成線のホームに停車する電車を指して、「すごいよ。あの電車に乗ったら動物園までいけるよ」と話す幼い兄弟を見た。そうだよなー。俺らはすっかり忘れてるけど、電車って「僕らを遠くへ運んでくれる夢の乗り物」だったんだよな。
> お嬢さんを観るつもりが、時間が合わずモアナに変更。彼女だってお嬢さんだし。
> ちくま文庫から出てる実相寺昭雄『ウルトラ怪獣幻画館』が、素晴らしい。描かれる怪獣がどれも哀しくて滑稽で愛おしい。「人間は故郷を目指す」。そう、ジャミラはもともと人間だったのだ。 https://pic.twitter.com/wuBz1SkGc7

3/20
> 「僕が目指すダンスフロアにはマジョリティは存在せず、マイノリティの集合体しかいない」→保育園をクラブに変える。子ども向けDJが「はみ出した子」に本気でぶつかる理由 https://www.buzzfeed.com/akikochino/hoikuen-dj?utm_term=.jjy6PW9MO @elleaki1990さんから
> 春は憂いの季節だなあ。連休ともなればなおさら。
> 『お嬢さん』観たよ! シンメトリーで愛し合う、女性版「王子と乞食」。煙草の煙を吸い込むように、耽美な世界を堪能した。
> 帰宅してテレビをつけたら桐谷さん。しまった、今日は特番か。
> お、フェフ姉さん(と多田さん)も出るのか。
> 地元のよく行くインドカレー屋、マサラミュージックっていうのかな、インドのポップスが流れてるんだけど、今日は♩ホントだ~ホントにそうだ~、ってな曲がかかってた。空耳か? それともなんか有名な曲?
> 「月曜から夜ふかし」のおちゃっぱーにハズレなし。今夜も深夜に爆笑。
> 今年卒業した君たちへ。→水中、それは苦しい「ホタルイカの光」PV https://youtu.be/CSyESyfAoW8 @YouTubeさんから
> 春休みも~安めぐみ~。
> パク・チャヌク監督『お嬢さん』、エロティックな場面がいくつもあるけど、口や舌まわりのエロさにやられてしまった。前半の歯をヤスリでこする場面の、シャコシャコシャコシャコという小さな音のエロス。そして、黒い舌の持ち主は、おそらく不能だ。
> パク・チャヌク監督『お嬢さん』、相手に朗読させるってことが、こんなにいやらしい行為だとは。意にそわぬことを言わせる側が、相手を支配する。しかも、読む本はサドの「偽物」。この映画は偽物だらけだ。誰もが心の奥を隠して、何かを読まされているように騙し合う。そのスリルとエロス。
> パク・チャヌク監督『お嬢さん』、「お屋敷もの」としても魅力的。和風の洋館ってのがいい。廊下やら階段やら浴室やら庭やら書庫やら、いちいち目が楽しい。停電で電気が明滅したり、あちこちに覗き窓があったり。そして、あの怪しげな離れだ。あの部屋に凝らされた仕掛けの数々に、うわーっとなる。
> パク・チャヌク監督『お嬢さん』、お屋敷から逃げ出すときに襖がパンパンパンと開かれていくのがいい。扉や戸は、お屋敷ものの醍醐味。

3/21
> 共謀罪の閣議決定、きたね。しかし、秘密保護法や盗聴法もだけど、議員の皆さんは自分がその対象になる可能性は考えないんだろうか。政敵を倒すのに使いやすそうじゃん。
> TLにクーリンチェの感想がぽつぽつと流れてきて、そのたびに俺はいつ行けるんだろうかと、のたうちまわる。
> 矢追純一のテレビ論。「だから基本1カメなんです」とか、面白い。→“UFOを流行らせた男” 矢追純一81歳「空を見上げてほしかった」(文春オンライン) - Yahoo!ニュース https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170319-00001784-bunshun-ent #Yahooニュース
> 後編。キューブリックは「僕と同じコンセプトで映画作ってる」とかとか。→“UFOの人”矢追純一が認めた! 「イモトアヤコ、あいつ命張ってるよね」(文春オンライン) - Yahoo!ニュース https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170320-00001785-bunshun-ent #Yahooニュース

3/22
> 神保町のカレー、新世界菜館は盲点だった。今度食ってみよう。
> 「私もそんなにヒマではないが、「どうでもいい」と思った瞬間に民主主義はおしまいである。そして実際に、多くの人が、日々の生活の傍ら、根気強く政治的関心を維持し続けている」→【森友学園問題】 平野 啓一郎さん https://www.nishinippon.co.jp/nnp/teiron/article/315815 #西日本新聞
> 8年ぶりくらいにかつての同僚に会ったんだけど、なんともいい感じでツッコまれたりイジられたりして、妙にうれしい気持ちになった。俺、おじさんになっちゃったから、ツッコまれることがめっきり減っちゃってるわけよ。なんなら、ツッコむ側だと思われている。でもさ、それだけじゃつまらないのだ。
> 年をとると、プレイヤーじゃなくて審査員的な振る舞いになりがち。で、そーゆーポジションから逃れる方法はないものか、とたまに思うわけよ。理想を言えば、月亭方正のような。

3/23
> 帰宅が遅かったので普段は見ることのない「ユアタイム」を点けたら、本日の証人喚問について、与党の主張を番組側が民進党の福山議員にぶつけるというスタイル。フジテレビは与党の代理かなんかなの?
> なんか、変なリプがきた。しかも、自分のリプに自分で「いいね」をしてる。んげー。
> 変なリプの人のプロフィールを見たら「日本が大好き!!」な人だった。たぶん籠池さんも「日本が大好き」だと思うよ。応援してあげればいいのに。

3/24
> 真魚八重子『バッドエンドの誘惑』を読んでるんだけど、「幼女の嘘で村八分」という章題の語呂のよさよ。声を出して読みたくなる、七五調のマジック。
> 俳句にすると、例えばこんな感じ。花曇り幼女の嘘で村八分
> 「死なば森友」も「忖度屋ケンちゃん」も「パンがなければ和菓子を食べればいいじゃない」も、俺が思いつくようなことはとっくに誰かがつぶやいている。自分の凡庸さがいやになる。祈ります。
> 「あなたが落としたのは、この金のケータイですか? それともこちらの銀のケータイですか?」「今のその言い方は失礼ですよ。あたかも、あたかもですね、私を犯罪者かのように言うのは、これこそ、ちょっと静かにしてください、大事な話をしているんだから、これこそ典型的な印象操作でありまして」
> 「あなたが落としたのは、この金のケータイですか? それともこちらの銀のケータイですか?」「祈ります」
> 「山田孝之のカンヌ映画祭」最終回、中学生時代を語る場面で山田孝之の魅力が全開。そして、「会ってくれるかなあ、山下さん…」からのぎこちない再会に、わけのわからない感動が…。そして、第1話の場面を反復してエンディング。ああ、面白かった。
> 山田孝之も山下監督も、一貫して芦田愛菜を「芦田さん」と呼び、敬語で話す。その潔癖さがまた、素晴らしい。もちろん、芦田さん自身も素晴らしい。
> 『映画 山田孝之3D』、東宝なんだー。ふふふ。

3/25
> これ、ラジオでも聞いたけど、教育勅語の現代語訳が、教育勅語を復活させたい自民党の議員によって作られたものだとは知らなかった。いろいろとためになる。→【SYNODOS】《教育勅語》には何が書かれているのか?/辻田真佐憲×荻上チキ http://synodos.jp/politics/19359
> 証人喚問を見て、エキセントリックな人物という籠池氏に対する俺の印象はずいぶん変わった。ああいう人物はどこにもでいる。その意味では珍しくないし、だからこそヤバいと思う。
> 山村浩二の新作が、次々と完成している。
> 佐藤伸治のCD棚にピーズのアルバムがいくつもあったというのは、俺にとって割と重要。
> あー、酔った酔った。今日は、『すべての見えない光』の魅力について存分に語り合うことができて、とってもよかった。同じ小説を同じ時期に読んで、感想を述べ合うって機会は、そうそうないからね。
> 「NONFIX」の、想田和弘監督の映画制作を追ったドキュメンタリー。アメリカの映画学校で生徒たちと新作を撮っているんだけど、途中でトランプ政権が誕生して、想田監督や学生たちに動揺が広がっていくところが興味深い。あと、想田監督のアロハ柄のスニーカー、いいね。

3/26
> 寒いな。やっぱり3月は冬なのか?
> ジョーダン・ボート=ロバーツ監督『キングコング 髑髏島の巨神』を観てきた。でかいものはそれだけで「すげー」ってなるし、怪獣図鑑的な楽しさもあるんだけど、どこか食い足りない印象。刺激が快楽につながらないというか。もっとでかさを上手く見せて欲しいし、もっと怪獣を次々投入して欲しい。
> ジョーダン・ボート=ロバーツ監督『キングコング 髑髏島の巨神』、いいなと思ったのはストロボの場面と手榴弾の場面。どちらも悪趣味なところが好き。映像的な快感があったのは、カーテンをめくるように開く砦とあのボート。好きな怪獣は擬態するやつ。あと、巨大蟻が見たかったよ、俺は。
> ジョーダン・ボート=ロバーツ監督『キングコング 髑髏島の巨神』、最初に出てきた日本兵がまるで女性みたいな顔立ちで、「女…ってことはないよね」と思ってたら、MIYAVIだったのか。
> そういえば、『モアナと伝説の海』も楽しかったけど食い足りない映画だった。そうくるかー、っていう驚きが少ないというか。ココナッツの海賊のところが一番好き。あと、『ライフ・オブ・パイ』同様、海が光るとラッセンになっちゃうんだよな。

3/27
> ♩あーわーきーふふふふふんふーふんふふふ ふーふーふーふふふふふじーんちょおげー。「春よ、来い」の歌詞をうろ覚えのまま口ずさむ。「沈丁花」だけが、ユーミンの声で脳にこびりついている。
> 「春よ、来い」で、ユーミンは「沈丁花」にアクセントを置いて歌ってるってことだろうな。そこから花の匂いが立ちのぼるように。
> 春ってのはなんとももやもやするというか、とらえどころのない虚しさややるせなさや切なさを感じる。春愁、ってやつだ。だから春の歌は、どこか物悲しく感じちゃうんだよね。キセルの「ハネムーン」とか、俺にとって春愁を感じる曲。
> 春愁を感じる小説で思い浮かぶのは、北野勇作の『クラゲの海に浮かぶ舟』。桜並木と春の雨。
> 筒井康隆氏の帯に惹かれて、学生時代に読みました。不安と心地よさが入り混じったような、当時のぼんやりした気分にぴったりきて、以来春になると思い出す小説になりました。
> 日本会議的な人たちが籠池氏に便宜をはかることを「カーゴカルト」と呼ぶのはどうか?
> 「ヒムケン先生」最終回、いい番組だったなあ。ケブくん、野球が上手くなったこともよかったけど、一人でエア野球をしてたケブくんがチームに所属して仲間ができたってのがいいよね。ケブくんに「なんかやってけそうだね。あのチーム、あの監督だったら」と日村さん。そこだよね。そこがグッとくる。
> 真魚八重子『バッドエンドの誘惑』読了。「イヤな映画」を紹介した本。「『狙ったイヤさ』と、『天然のイヤさ』もしくは『精巧に脚本が作られ必然的に運ばれていくイヤさ』は、決定的に違う」という箇所に、ぶんぶん頷く。偶然の暴力性と必然の逃れられなさは、共に「イヤさ」の肝だと思う。
> 『ミスティック・リバー』を観たとき抱いたのが、Aを押したらBが起こり、その結果Cが動き出すというような、偶然と必然の絡み合いによって、どうにもこうにも逃れられないバッドエンドに向かって運ばれていくという感覚だった。一度動き出したら止まらないライドのような、ノーリターンの絶望。

3/28
> 『キングコング』は、登場人物の数を半分にしてもいいのでは?
> 宮本浩次、絵になるなあ。あの独特の仕草自体がエンターテインメントだ。
> 山本直樹『レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ』4巻を読んだ。「総括」に次ぐ「総括」。ひたすら「総括」。「総括」しろって言われて「総括」すると、お前はまだ「総括」できてないと言われる。そしてこんなセリフが。「総括がなんだかわからなくなった」。まったくだ。
> 古谷実『ゲレクシス』2巻を読んだ。なんともう完結。不条理すぎてさっぱりわからない。わからないのに、向こう側にとてつもない世界が広がっている感じがしてゾクゾクする。この先描かれるであろう古谷作品が、ヒントになる気がするので、そのあとで読み返すと、もっといろいろ見えてくるかも。
> 真造圭伍『トーキョーエイリアンブラザーズ』3巻を読んだ。これも最終巻。可笑しくて怖くてあたたかくて、ひと色に染まらない展開が面白い。あと、なんでもない街の風景が丁寧に描き込まれているところに惹かれる。ベランダからぼーっと眺めたり、近所をぶらぶらしながら通り過ぎたりするような景色。
> 五十嵐大介『ディザインズ』2巻を読んだ。これはすごい。すごいよ。バイオテクノロジーで生み出され兵器として育てられた、半獣半人の子供たちの話。この人ならぬものの姿や特殊な感覚をどのように描くのか、というところが読みどころのひとつ。一コマひとコマの情報量と、鮮やかなイメージにため息。
> 五十嵐大介『ディザインズ』、キャラクターと背景が同じタッチで描かれているが五十嵐さんの特徴。人間が特権化されないというか。人も動物も、なんなら都市も自然の一部のような感覚。
> 山田参助『あれよ星屑』6巻を読んだ。基本はドタバタなんだけど、要所要所で終戦直後の虚無感がぐっと迫り出してくる。この6巻は、ちょっと水木しげるっぽい感じもあったりして。父親の遺骨を指で弄ぶシーンに、グッときた。そして、最後のスコーンと抜けた大コマの、なんとも言えない虚しさ。
> 山田参助『あれよ星屑』、逃げるときに「三十六計」とつぶやくところとかいいよね。オカマを掘る場面を、狸と釜で表すとか。こーゆー、ちょっとしたくすぐりが至るところにちりばめられているのは、なんというか、マンガならではだなあと思う。
> なんとなく相似形。 https://pic.twitter.com/5PQ8r1shsp

3/29
> お、「ドキュメント72時間」SPが始まったよ!
> 政治家のモノマネって、昔は田中角栄とか大平正芳とか、みんなやってたと思うんだけど、最近見ないよねーって思ってたら、まさかのホリ!
> 「俺はもう48歳(2015年当時)なんだよ。誰も48歳の言うことなんか聞くわけないでしょ」→ビースティ・ボーイズのAD Rockが近年の音楽を全く聞かない理由を語る。若者に対しての意外なメッセージとは? http://playatuner.com/2017/03/adrock-beastieboys-why

3/30
> 批判に対し根拠を示さず反論するためのメモ。1:絶対的な表現による否定→絶対、一切、まったく、決して、など。2:激昂と恫喝→失礼だ、侮辱された、など。3:手法への異議→レッテル貼り、印象操作、など。4:ジャーゴンの不正確な使用→悪魔の証明、など。5:定義の変更→私人。6:閣議決定。
> 批判に対し根拠を示さず反論するためのメモ。7:担保のない約束→職を賭ける、責任をとる、など。8:一般論風→そんなことあるわけないんですよ、など。9:曲解に基づく返答→まるで私が犯罪を犯したかのような、など。10:攻撃による論点ずらし→それならあなただって、など。11:デマ。

3/31
> 年度末の忙しさのあとは、GW進行が待っている。なんとかならないものか。
> 苗場で見るGorillazはいいだろうなあ。
> 鈴木翁二『かたわれワルツ』を入手。うう、もったいなくて電車では読めないな。
> 「かたわれ」は「かわたれ」に通じる。黄昏どきのシルエット。

3月のつぶやき(その1) [ツイート]

つうことで、3月のツイートまとめです。抜粋編集バージョン。つか、3月! もう夏だってのに3月! こうやって読み返すと、ほんの数カ月のタイムトラベルのような気持ち。森友のあとに加計が出てくるとは、この頃はまだ思ってなかったわけで。

3/1
> それにしても、森友学園は次から次へと新たな事実が出てくるな。関わったと思しき人物から異様な教育方針まで、日本会議的なるものの凝縮という感じがする。ホント、埋設物多過ぎ。
> 「安倍晋三首相が「テロ等準備罪で、共謀罪と呼ぶのは間違いです」と何度繰り返しても、上記の内容はかつての「共謀罪」そのものです」→「共謀罪」ついに姿を現すが、 「3回廃案の焼き直し」そのもの https://t.co/bPE2ySXlYR @HuffPostJapanさんから
> 月曜日の「Session-22」の共謀罪の議論は、非常にためになった。計画したことが罪になるということは、実行を取り止めたとしても罪が消えないということ、という保坂展人さんの指摘も、重要な論点。これが、277の犯罪に適応される恐ろしさを、ちょっと想像してみてほしい。
> あと、何度でも言っておきたいのは、共謀罪は広範な監視や密告がないと立証できないということ。すでに去年の法改正で警察による盗聴や司法取引は可能になっちゃってるわけで、それとセットで考えなきゃいけない。つまり、下手なことが言えない社会になるということだ。
> 森友はいかにもダークだしグロテスクだから目を引くし、当然追求すべきだと思うけど、共謀罪のほうが俺らの生活に関わってくる問題だと思う。ちゃんと見とかないと、また強行採決くるよ。

3/2
> 以前、駅で「もしもし、ムッシュ?」とケータイに話しかけてたおじさんを見たことがある。電話の向こうにいるのはあの人かも、と何だかほんわかした気持ちになった。
> 倉阪鬼一郎の歌集『世界の終わり/始まり』読了。ここに出てくる終末の風景は、カタストロフというよりは、いつの間にか進行していて気づけば取り返しがつかなくなってしまったような終末に思える。 ●コミックソング響きつづけるこの青い廃墟にはだれもいない
> 倉阪鬼一郎『世界の終わり/始まり』、定型に収まらない歌が多いんだけど、そこに歪さへの志向のようなものを感じる。57577なんかおかまいなしに、ミミズ、ナメクジ、ムカデが蠢いているこんな歌とか。 ●蚯蚓蛞蝓蜈蚣たち「おかあさんといっしょ」がはじまるよ
> 倉阪鬼一郎『世界の終わり/始まり』よりもう一首。この、終りのときの甘美なこと。 ●別れのワルツを歌ってあげた 靴になってしまったあなたのために
> 『キングコング 髑髏島の巨神』の最新トレーラーを見た。うわー、すげえ面白そう。コング、怪獣たち、触手、墜落するヘリ、サミュエル・L・ジャクソン。この特盛り感。

3/3
> 水木先生なら『ゲ・ゲ・ゲ・ランド』ですね。エマ・ストーンが猫娘かと思いきや、まさかの目玉オヤジだったりして。
> 「山田孝之のカンヌ映画祭」、もうどんどんカオスに。ちゃぶ台を次々ひっくり返す山田。前回あんだけ村上淳にスタントなしの首吊りを迫ったのに、「首はもうやめましょうよ。責任とれないスよ、マジで」と当たり前のように言うジャイアンっぷり。あとは、ムラジュンの「プロットあるんだ?」がツボ。
> 「山田孝之のカンヌ映画祭」、芦田愛菜のことがどんどん好きになる。男たちがイラついたり、おろおろしたり、突然泣いたり、ちょけてたりする中、彼女が一番大人に見える。
> 山田孝之に巻き込まれた人たちが、どんどんおかしくなっていく。ペナルティの♩お化けの救急車~のようだ。果たしてこの先、長澤まさみはおっぱいを出すことになるのか?

3/4
> 家まわりの事案でずーっとほったらかしにしていることがいくつかあって、早く何とかしなよといろんな人に言われてたりするんだけど、そのうち一つがようやく片づきそう、と言いつつも、俺のやる気を俺自身が信じていないので、まだまだ予断は許さないし、ふわっとした話に留めておいて保険をかけてる。
> 10年以上同じ部屋に住んでると、そりゃああちこちガタがくるわけで、かといって引っ越すとするとそれが終の住処になりそうで、躊躇してしまう。
> こだま『夫のちんぽが入らない』を読んだ。「ふつう」でなければいけないという抑圧がいかに暴力的なものかが、ヒリヒリするような切実さとほのかなユーモアと共に綴られている。これって、ちんぽの話だけど、ちんぽだけの話じゃないよね。
> こだま『夫のちんぽが入らない』、読んでていて苦しくなるんだけど、一方で幸せな記憶というものも描かれている。「ちんぽが入らない私たちは、兄妹のように、あるいは植物のように、ひっそりと生きていくことを選んだ」。兄妹のように幸せであるというあり方もあるのだ。
> こだま『夫のちんぽが入らない』、シェルターのような小さな関係を「選ぶ」ということ。その尊さを思う。
> ♩別の世界では2人は兄妹だったのかもね~→cero / Orphans【OFFICIAL MUSIC VIDEO】 https://youtu.be/c_SLGBJgDNE @YouTubeさんから
> 『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』も『アナと雪の女王』も『夫のちんぽが入らない』も、俺にはつながっているように思える。
> 鳩山郁子『寝台鳩舎』読了。美しいなあ。絵が美しく、物語が美しく、タイトルが美しく、エピローグの2色刷りが美しい。時間の外側から世界を眺めるように、躍動する少年たちやはばたく鳩の姿をストップモーションや連続写真の手法で描く。流れ去る列車の窓は、フィルムのコマだ。
> 近藤ようこ『夢十夜』読了。夏目漱石の原作をマンガ化。黒い画面に白々としたものが浮かぶ。白い画面に黒々としたものが凝る。描き込みすぎない近藤さんのタッチが、漠とした夢の世界に合っている。どの夢も面白いけど、ラストで「遅さの夢幻性」が描かれる第七夜が特に好き。
> 松丸&小木のマジ歌、いいじゃん! 武道館が楽しみだ。

3/5
> Bunkamuraで今から映画。しかし、ここはいつ来てもなじめないな。
> 「Bunka」がハイカルチャーの顔してるのが苦手。
> ということで、祝Twitter文学賞、佐藤亜紀の『吸血鬼』読了。19世紀のポーランドの田舎に赴任した役人が主人公。おどろおどろしい伝説や叛乱の気配などがたちこめ、簡潔なのに濃厚な味わい。最後まで先の読めない展開で、謀りごととはこのようにやるのだよ、とエレガントに示してくれる。
> 佐藤亜紀『吸血鬼』、一篇の詩から始まり、その詩人の略歴を1ページほどでまとめ、20年後、その詩人の詩集を手にした女性のクローズアップからカメラが引いていくように物語が始まる。この冒頭部分の鮮やかさにうっとり。そして、カードが次々と裏返っていくような最終章の凄さ。

3/6
> ももももう一発いくかーい!? #ララランドみたいなことを言ってください
> 今年の卒業シーズンには、“水中、それは苦しい”の「ホタルイカの光」をオススメしたい。
> 何かを形容するときに、どうして「おもちゃ箱をひっくり返し」てばかりなのか問題。ゴミ箱でもいいじゃないか。迷惑だけど。裁縫箱でもいいじゃないか。危ないけど。
> 「びっくり箱をびっくり返したような」というのはどうだろう。
> チャイニーズボックス! 入れ子構造が出し子構造に、みたいな話ですね。って、自分でも何言ってるか、よくわかりませんが。
> 「おもちゃ箱をひっくり返したようなおもちゃ」とすると、さらにわけがわからないことになりそうです。しかもそんなおもちゃばかりを集めたおもちゃ箱を、またひっくり返してみたりして。

3/7
> 穂村弘『鳥肌が』読了。「私の人生を四文字で表すならびくびくだ」と語る穂村さんが、「こわいもの」について綴ったエッセイ。例えば知り合いの赤ちゃんを抱かされるとき、自分がそれを放り出してしまいやしないか、というような恐怖とか。穂村さんのエッセイは、テーマが限定されているほうが面白い。
> 「昔、外国で起きた連続殺人事件の記事を雑誌で読んだことがある。あるページに被害者の女性たちの写真がずらっと並んでいて、それを見た瞬間に鳥肌が立った。そっくりなのだ。全員、青い目に金髪のロングヘアーの真ん中分け。とくにこわかったのは真ん中分けだ」穂村弘『鳥肌が』より。
> 穂村弘『鳥肌が』で紹介されている、投稿欄に送られてきたゆにさんという人の短歌で、ゾッとするのがあった。これ。 ●「ねえ起きて」ほっぺを軽くはたかれて思えばあれが最初のビンタ
> 穂村弘『鳥肌が』、栞紐が紐じゃなくて3本の細いピンクの糸になっている。髪の毛みたいでちょっと気色悪い。表紙は鳥肌を表すぶつぶつがあるし、変なことする装丁だなあと思ったら、ああやっぱり祖父江さんだ。
> 穂村「サラダみたいな表現はダメだと思います。細かく切って、上手に混ぜてきれいに作っても、そこには本質的な変化が起こっていない」→ぼくのりりっくのぼうよみ×穂村弘「歌人・穂村弘と語る表現を考えるためのいくつかのヒント」 http://noahs-ark.click/conversation3/
> 書き忘れていたけど、日曜日はジャン・フランコ・ロージ監督『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』を観てきた。アフリカや中東からの難民の玄関口といわれるランペドゥーサ島を舞台にしたドキュメンタリー。この島で暮らす少年とその家族、そして日々訪れる難民たちの姿が並行して描かれる。
> ジャン・フランコ・ロージ監督『海は燃えている』、島の少年ののどかな日常と、海を渡る難民たちの厳しい現実は、並行して交わることがない。島の人々のリクエストで曲をかけるラジオと、難民のボートと通話する無線は、違う周波数で語りかける。でも、本当にそうだろうか、というところに詩がある。
> ジャン・フランコ・ロージ監督『海は燃えている』、よくわからない不安でときどき息が苦しくなるという少年。ていねいにベッドメーキングをして「よい一日を」を願うおばあさん。この二つの場面の間に、救助された難民が血の混じった涙を流す場面が出てくる。これらは、交わらないが響き合っている。
> ジャン・フランコ・ロージ監督『海は燃えている』、難民たちが収容センターの中庭のような場所でサッカーをするシーンが印象深い。狂おしく切ない祝祭のような感じがして。あと、最初のほうに出てくるトマトのスープがえらく美味しそうだった。もひとつ、バイクの場面もいいな。

3/8
> カレル・ゼマンは、作品すべてが愛おしい。チェコの至宝。
> 電車の中でキャッキャとじゃれ合う、野球部と思しき男子たち。「じゃあさ、俺が、雪だるま作ろう、って言ったら、自転車に乗ろう、って返して」とかなんとか。なんかそーゆーの流行ってんの?
> 籠池理事長のエキセントリックさばかりが注目されてるけど、稲田朋美もかなりじゃない? 突如「安倍首相ガンバレー。安倍首相ガンバレー」とか言い出しそうで。
> 先々週に観た映画、ジェレミー・ソルニエ監督『グリーンルーム』。閉鎖空間で登場人物も少なくって絶体絶命のピンチになる、ってな映画、つまり「低予算の代わりにアイディアで面白くするぞ」ってな映画が好きなんだけど、この映画もまさにそれ。パンクスがネオナチ集団に襲われるって話。
> ジェレミー・ソルニエ監督『グリーンルーム』、ネオナチってファナティックなイメージがあるけど、この映画のボスキャラはワンマン経営者みたいな感じ。殺しも死体の後始末も「やっておけ」と人に命じて、自分は帰っちゃう。で、成功したらボーナスしくじれば減給みたいな。その卑小さが妙にリアル。
> ジェレミー・ソルニエ監督『グリーンルーム』、舞台となるライブハウスの楽屋にずーっと死体が転がってるのが面白い。立て籠ってるから死体を処分できないの。この手の映画では「目の前にあるものはすべて使え」がセオリーだから、もちろんこの死体にもちゃんと活躍の場がある。
> 『グリーンルーム』には、凶暴な犬が出てくるんだけど、『ドント・ブリーズ』『手紙は憶えている』と、ネオナチ的なキャラクターには猛犬がつきものなんだろうか。あと、パンクスってケンカが弱そうなところがいいよね。そのくせ、変にやせ我慢したり挑発的なことをしたり。
> そういえば、ギャビン・オコナー監督『ザ・コンサルタント』についても書いてなかったな。会計士のベン・アフレックが実はすごい殺し屋で…、ってな話。けっこう複雑な話なんだけど、ピタリピタリとピースがはまっていくのが気持ちいい。へこんだ水筒と、ポーカーをする犬、そしてラストのアレも。

3/9
> なんでもかんでも「コンテンツ」としてしか捉えないから、アナ雪のエンディングに勝手な映像を流したり、サチモスについて「ぶっちゃけジャミロクワイです」てなことを言ったりしちゃうんじゃないかと。
> 「コスプレ右翼」ってのは、言い得て妙だな。右っぽいもののカット&ペースト。これもコンテンツ化のひとつじゃないかと。
> 誰かが口笛を吹いているのが、どこからともなく聞こえてくる。この曲は…あ、「ペーパームーン」だ。
> 「遅日」という季語を覚えた。

3/10
> 寝る前に飲むべき花粉症の薬を、うっかり朝食後に飲んじゃったせいか、眠たくて眠たくて震える。
> この間は、風呂場ですべって尻もちついたし、今からこんなんだと老人になったときにはどうなっちゃうのか心配。
> モーレツ眠太郎。
> ねむた祭り。

3/11
> 6年前に作ったうた。 ●わたくしは水滴である全身を震わす犬にしがみついてる
> 6年前に作ったうた。 ●その人の名前は夜、寝返りをうつ世界へと毛布をかける
> その後、こんなうたも作った。ポポポポ~ン、覚えてますか? ●あいさつの魔法は解けてお別れにありがとウサギ食べるライオン
> それほど読んでるわけじゃないんだけど、東欧文学って惹かれるんだよね。フラバルの「あまりにも騒がしい孤独」ってフレーズに、シビれたり。圧政の下で育まれた、奇想や実験やユーモアは、俺に勇気をくれる。
> クーリンチェはあとにとっておくことにして、これからコクソン大魔王。
> しかし、最近都内の映画館に行くと、30分前に到着してもけっこう席が埋まってたりする。
> 『コクソン』が156分、『バンコクナイツ』が182分、『クーリンチェ』が236分。観たい映画が、ことごとく長くて、観たいけどいろいろ大変。
> 長い映画はトイレが混むの法則。
> ぐあー、『哭声 コクソン』ヤバかった。もう終わるか、もう終わるか、と思ってるのに終わらず、えげつない展開でもって2時間半ギリギリと締め上げられる。エンドロールで、あちこちからため息が聞こえた。もちろん俺も、やっと解放されたいうきぶんで、ふーっとひと息。つまりは、すげえ面白かった。
> いやあ、もうぐったりですよ。新宿はほぼ満席でした。で、客席が固唾を呑んでるのが伝わってくる。おすすめっす。
> 宇多丸さんも町山さんも、映画について楽しそうに語るところがいいですね。それを聞くことで、映画について語り合うのって楽しいんだな、とみんなが気づくんじゃないかと。
> サンドウィッチマンは素晴らしいな。ホント、頭が下がる。→被災の子、きっと強く優しくなれる サンドウィッチマン(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170311-00000048-asahi-soci… #Yahooニュース

3/12
> 初めてのビルボードライブ東京。雰囲気に呑まれている。
> 小島麻由美のライブ「JIVE! JIVE! JIVE!」昼の回を観てきた。会場はビルボードライブ東京。ジーンズにスニーカーで行っちゃったことを後悔するようなアダルトな雰囲気に負けそうになるも、ライブは素晴らしかった。あんなちゃんとした座席じゃなけりゃ、確実に踊ってたと思う。
> 小島麻由美ライブ、バックが勝手にしやがれ+塚本功+DUB MASTER Xという布陣で、いつもよりもルーディな印象。それにしても、勝手にしやがれ、カッコいいな。これまでライブで観たコジマユの中で一番好きなノリ。特に武藤昭平のドラムがいい。演奏がイカす上に、ライブで絵になるドラム。
> 小島麻由美ライブ、「セシルカット・ブルース」のホーンにシビれ、「恋はサイケデリック」のドラムにシビレる。そして、ジンタのようなアレンジの「さよならカエル」にびっくり。塚本功のソロコーナーは、みんな大好き「キャラバン」。勝手にしやがれとのコラボで、ぶっとくぶっとばしてた。
> 昨日の『哭声 コクソン』のせいで、勝手にしやがれの武藤さんがときどき國村隼に見えた。

3/13
> 「ヒムケン先生」、ケブくんがついに野球チームに。しかし、このチームの監督すごいな。そもそも、しごいて伸ばす、ってのがあまり好きじゃないんだろうな。ヒムケン先生の「7褒めて3叱る」というオーダーを、自然に実行している。「監督…なんか、ありがとうございます」と日村さん。

3/14
> Twitter文学賞の動画を見終えた。ああ、本の話は楽しいなあ。字多丸さんのラジオとかで「映画について語る楽しさ」が多くの人に共有されているように、本について語る楽しさも 広まって欲しいな。→Twitter文学賞2017 結果発表会 https://youtu.be/WRu_3aOrOjQ
> 結果はこちら。上位作品以外も、実に魅力的なリストリストになっている。未読の1票作品では、大森望さんオススメの法月綸太郎『挑戦者たち』が気になる。https://twitter-bungaku-award.theblog.me

3/15
> なんか、連日えげつない関西弁を聞かされてる気がする。
> 高橋健太郎さんに、まったく同感。現政権が、言葉や論理をないがしろにすることにためらいがないことが恐ろしい。
> 俺が森友のニュースで思うのは、右派というか日本会議やネトウヨ的なものが凝縮されているということ。自分や配偶者が弁護士を務めていた相手を表彰するとか、気色悪いよ。お互いにもたれ合って金を回して思想をぐつぐつ煮詰めてるイメージ。そのくせ、問題になったら手のひら返しの尻尾切り。
> 森友を応援したり関わったとされる文化人や政治家の顔ぶれを見ると、ほとんどオールスターキャストじゃん。その彼ら彼女らが、今や揃いも揃って騙されたとか言ってるわけで。
> この間観た映画、ナ・ホンジン監督『哭声 コクソン』、ノワールともオカルトともつかない、異様な作品だった。こーゆー映画かなと思って観てると、その思い込みを修正させられるような展開が何度も何度も訪れる。終盤には、俺はいったいどこに迷い込んじゃったんだってくらいの酩酊感。
> ナ・ホンジン監督『哭声 コクソン』、主人公と一緒に観てる俺らも翻弄されまくるわけよ。で、何を信じればいいんだよー、となったところで、「お前のその選択は正しいか?」と突きつけられる。むりだよー。そんなこと言われても、むりだよー。ごめんなさい、もう勘弁してー。ってな叫びたくなった。
> ナ・ホンジン監督『哭声 コクソン』、とにかく國村隼の存在感ね。無表情で時折うっすら笑みを浮かべる。感情表現の激しい韓国映画の中で、あの静かさは非常に不気味に映る。祈祷師役のファン・ジョンミンの、微妙なうさん臭さもよかった。私服がジャージかよってな場面とか。
> ナ・ホンジン監督『哭声 コクソン』、出てくる家のたたずまいがいちいち映画的で素晴らしかった。主人公の警官の家のコの字型の構造とか、國村隼の家の縁側と庭の感じとか。あと、冒頭のどしゃ降りもすごかった。あれは、本気の雨だ。
> ナ・ホンジン監督『哭声 コクソン』、どくろのようなドライフラワー、多すぎる小石、テレビの野生動物、突然の落雷。怖がっていいのか笑いっていいのかわからないけど、明らかに異様なディテールの数々が気になる。あ、祈祷の場面もだ。あのカットバックもテンションが高すぎて、こわおかしい。
> そういえば、『コクソン』にも猛犬が出てきたな。最近、映画の中で犬に襲われてばかりいる気がする。

放置新聞

すみません。と謝るのもなんか自己評価が高い人みたいでアレですが、まあ、ブログを放置しっぱなしなわけで。ホントはねえ、『牯嶺街少年殺人事件』について書きかけてなんかそのまんまになっちゃって、ピーズの武道館ライブについて書きかけてこれまたそのまんまになっちゃって、共謀罪については書いておこうと思いながらもそのまんまになっちゃって。気づけば夏まっただ中。
ツイッターばっかやってると長文が書けなくなる、ってやつかね。正確にいうと、長文書く根気がなくなるって感じかな。ある程度の分量の文章の中で話を展開していくのは、けっこう面倒なのよ。昔は何であんなに毎日更新できたんだろう。もう、その感覚が思い出せない。
つうことで、しばらくツイートまとめばかりの更新になりそうですが、易きに流れたんだな、と思ってくだされ。
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